信越線の沓掛駅から千ヶ滝行というバスが出ている。バスの終点は丘の中腹に建てられた白堊のホテルの門前だが、それから徒歩で避暑客のためのドライヴ?
ウェーを三十分も登ると、深い谷を距てゝ浅間のなだらかなスロープが落葉松の林をすかして眺められる。
そのへんまで来ると、同じ別荘地にはなつているけれども、家はごくまばらで、しかも、今は荒れるにまかせた廃屋同然の建物ばかりで、持主はあつても、今
更それを役立てようというつもりはなく、いくらにでも買手があれば早く売つてしまいたいとおおかた思つている。そういう話をふと耳にした京野等志は、早
速、実地検分のうえ、そのうちの手頃な一軒をすぐその場で買う契約をした。
十坪足らずの平家で、洋風とは名ばかりの安普請だが、板葺屋根の雨漏りをなおし、満足なガラスは一枚もはまつていない窓や戸をなんとかすれば、決して住
めないことはない。ありがたいことに、水道と電気の便利がある。二百坪の土地がついて、五万円というのだから、彼の乏しい財政をもつてしても、なんとかや
りくりがつくと考えたのである。
その頃、彼は、だいたいの目標がきまり、いよいよ新しい生活の設計にとりかゝつていた。ある先輩の世話で、思いがけない有利な翻訳の仕事にありついたこ
とは、計画の実行を一歩早める結果となつた。というのは、あと一と月で、十万そこそこの金がはいることになつていたのである。彼の予算では、五万を住居と
土地の獲得に、あと五万を事業の第一期の資金にあてるつもりであつた。岐阜の養蜂家の猪狩氏が、彼の熱意に動かされて、無償で良種の種蜂を数群分けてく
れ、その上、必要な器具材料を実費で供給してくれることになつていた。
こうして、六月にはいると、住居の手入れもあらまし目鼻がつき、簡単な家具食器類を運びこんで、そこで小諸の療養所から小萩を迎えた。
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